妊娠・出産を望むとき、誰もが健康な赤ちゃんを産みたいと願います。ただ、不幸なことにも健康ではない赤ちゃんが生まれる場合もあります。
その中の一つに無脳症があります。無脳症とは赤ちゃんを産むことさえできない場合もある病気です。生まれても、無脳症であるとほんの少しの間しか生きられません。
無脳症には、葉酸というビタミンが大きく関係しています。葉酸をどれだけ摂れているかによって、無脳症を予防できるのです。
そこでここでは無脳症の原因や、葉酸によってどのぐらい無脳症を防げるのかについて解説していきます。
もくじ
無脳症の原因を探る
妊婦のお腹の中には胎児がいるわけですが、赤ちゃんがお腹にいるときは脳や脊髄をつくるために神経管というチューブ状のものつくられます。神経管とは、家をつくるための骨組みのようなものです。骨組みがしっかりしていないと、家は建ちません。
神経管は脳や脊髄をつくるためにとても重要な役割を果たしています。
ただ、赤ちゃんがお腹の中で成長するには、神経管が上下に伸びて最終的に閉じなくてはいけません。神経管は妊娠初期で閉じられるようになり、正常に閉館が行われることで胎児が成長していきます。
この重要な神経管の閉じ忘れを「神経管閉鎖障害」といいます。神経管閉鎖障害の一つが無脳症になります。
神経管閉鎖障害の中でも、上の方の神経管の閉じ忘れを無脳症といいます。一方、下の方の神経管の閉じ忘れを二分脊椎症といいます。赤ちゃんがお腹の中で発達するときに、上部の神経管の閉じ忘れが起きた場合、正常な脳が作られなくなります。その結果、死産や流産のリスクが高まります。
もし胎児が成長して出産したとしても、無脳症で生まれた赤ちゃんはほとんどの場合、生後1週間以内で亡くなってしまいます。無脳症では大脳半球が欠損していたり、ほとんど無かったりするために自分の力では生きていくことができないのです。
無脳症の原因には喫煙、葉酸不足、糖尿病、飲酒、遺伝などさまざまな要因があげられます。
無脳症の赤ちゃんが生まれる頻度は日本では1万人に約10人です。日本では年間約100万人の赤ちゃんが生まれているとすると、約1000人の赤ちゃんが無脳症で生まれている計算になります。
しかし、無脳症の赤ちゃんは生まれてくる前に死んでしまうことも多く、中絶を選択する場合も多いです。むしろ大半の人が人工妊娠中絶を希望します。そのため、実際にはもっと多くの人が無脳症の赤ちゃんを妊娠していると考えられます。
超音波検査(エコー検査)で無脳症が診断される
お腹の中の赤ちゃんが無脳症だと診断されるのは、妊娠検診の超音波(エコー)検査です。
妊娠だいたい10週以降になると赤ちゃんの頭が映るようになるため「はっきりと頭が映らない」となれば無脳症が疑われます。
しかし、エコー検査(エコー写真画像)だけで無脳症かわからない場合もあり、その場合は20週以降に再検査ということになります。このとき、脳が小さいようであり「A-フェトプロテイン」というたんぱく質が羊水またはお母さんの血液から検出されれば、無脳症と診断されます。
無脳症の赤ちゃんでも10週ごろまでは脳は成長します。しかし、無脳症の赤ちゃんの場合、10週を過ぎたころから作られた脳が徐々に無くなってしまいます。このときにA-フェトプロテインというタンパク質を出しながら脳が消えていきます。
つまり、無脳症の赤ちゃんはいったん、脳が作られるにもかかわらず、無くなってしまうのです。
10週以降に「エコー写真画像で無脳症の疑いがある」と医師から告げられたお母さんは、とても不安な時期を過ごすことになると思います。しかし、無脳症の「一回作られた脳が退化する」という病気の特徴から、すぐには診断ができない場合もあるのです。
「生まれてくる赤ちゃんが無脳症だったら……」と不安に思う女性も多いと思います。しかし残念ながら、妊娠を望んでいる女性がどんなに頑張っても無脳症の赤ちゃんを産む確率をゼロにすることはできません。
葉酸不足の解決が無脳症の予防に役立つ
しかし、無脳症の赤ちゃんを産む確率をできるだけ低くすることなら可能です。その手段が「葉酸を摂取すること」です。葉酸を摂る事は無脳症を予防することになります。
葉酸とは、たんぱく質やDNAを作るときに必ず必要な栄養素です。つまり、不足すると細胞が作られなくなってしまいます。
赤ちゃんの体を作る初期段階で葉酸が不足してしまうと、細胞が作られなくなってしまい、「神経管の閉じ忘れ」が起きるのです。これにより無脳症の胎児が育って中絶を選択するようになるのです。
お母さんのお腹の中で新しく細胞が作られ、胎児が成長していきます。赤ちゃんの細胞を作る原料が不足してしまうことが無脳症の赤ちゃんが生まれてしまう原因に直結するのです。
海外から学ぶ、葉酸と無脳症の関係
先進国の中で、日本は葉酸不足について他の国ほど真剣に考えてはいませんでした。今でも、葉酸を摂っている人の割合はあまり多くありません。
しかし、諸外国はかなり前から葉酸の重要性について真剣に考え、妊娠前に葉酸を摂ることを徹底していました。
葉酸の服用率に関して、日本は諸外国に比べてまだ低いです。逆に海外では、妊娠前に葉酸を摂取することに対してかなりの間調査を続けてきたため、「葉酸摂取によって、どれほど無脳症を予防できるか」についてのデータを保有していました。
つまり、海外のデータを参考にすれば無脳症と葉酸の関係が見えてくるわけです。ここでは諸外国のデータを参考にして、葉酸を摂取することの必要性について述べていきたいと思います。
・カナダ
カナダは歴史的に、東部の州で神経管閉鎖障害(無脳症含む)が多い国でした。つまり、遺伝的に無脳症の赤ちゃんを妊娠する確率が高かったのです。
そこで、1998年にシリアル(朝食用の穀物食品)に葉酸が加えられました。カナダではシリアルは習慣的に食べられています。シリアルに葉酸が加えられたので、カナダの国民はほぼ毎日葉酸を0.2mg摂取することができます。
これ以降、1993~2002年にカナダの7州に住んでいる女性を対象にした研究の結果、以前は神経管閉鎖障害(無脳症を含む)が1000件あたり1.58例だったのに対して、1000件あたり0.86例となり、発症率が46%減少したという結果になりました。
このように、葉酸不足を補うことでカナダでは無脳症の大幅な予防を実現することができたのです。
・アメリカ
ほかにもあります。アメリカでは1998年から、穀物(パンやシリアル、スパゲッティー)100g中に0.14mgの葉酸を加えることを義務化しました。
この結果、無脳症含む神経管閉鎖障害は50%減りました。
・イギリス
ヨーロッパでも同様です。例えばイギリスの研究では、葉酸を毎日4000μg摂取した女性は摂取していない女性に比べて、無脳症を含む神経管閉鎖障害にかかる赤ちゃんが72%減りました。
このようにカナダ、アメリカ、イギリスのデータを参考にすると、葉酸を摂る事で無脳症の赤ちゃんを妊娠する確率を半分以上減らせることが理解できるのです。
逆にいえば、葉酸を摂らないことで無脳症の赤ちゃんを妊娠するリスクは2倍以上になってしまうのです。
遺伝的に無脳症の可能性が高くても予防可能
前述の通り、カナダでは遺伝的に「無脳症の赤ちゃんを産む確率の高い州」がありました。そうしたカナダの人でも葉酸の不足を補うことで無脳症を予防できたのです。したがって、遺伝的に無脳症の赤ちゃんを産むリスクが高い場合でも、無脳症のリスクを下げられるのです。
また、イギリスで「過去に無脳症の赤ちゃんを産んだことがある女性」を対象に、葉酸のサプリメントによって葉酸を毎日4mg摂取してもらいました。このとき、「次の子供で無脳症の赤ちゃんが生まれてくることを72%防止できた」ことが研究の結果、明らかになりました。
さまざまな無脳症の原因が存在するため、無脳症の赤ちゃんを産むリスクはゼロにはできません。しかし、このように原因が遺伝的な要因であっても無脳症のリスクを下げることができることが明らかになっているのです。
このような海外の研究から、今では日本でも、無脳症の赤ちゃんを産んだことがある女性は普通の10倍の葉酸を摂ることが勧められています。普通の女性が摂るべき葉酸の量は1日当たり0.4mgなので4mgです。
4mgの葉酸を摂取することによって、次の子供が無脳症の赤ちゃんになる確率が少なくても半分にできるといわれています。
欧米諸国では無脳症への意識が高い
無脳症の予防を考えるとき、葉酸サプリメントを含め欧米諸国で対策が進んでいるのには理由があります。
一つの要因として、宗教の違いが挙げられると思います。諸外国ではキリスト教を信じている人がいます。キリスト教の教えでは「堕胎」は許されていません。そのため、無脳症の赤ちゃんを妊娠してしまっても堕胎はせずに、無脳症の赤ちゃんを産むお母さんが多かったです。
無脳症の赤ちゃんという、脳が無い状態の赤ちゃんを産み、対面しなければいけないのですから、お母さんのショックは大きかったと思います。
そのような宗教上の違いから、無脳症に対して予防しようというお母さんの気持ちが日本より強かったと推測できます。
漫画にはなりますが、無脳症だと以下のような赤ちゃんが生まれてくることになります。
漫画:ブラックジャックより
一方、日本にはそのような宗教的な決まりはありません。その中で、無脳症の赤ちゃんに対する倫理感はずっと問題になっています。
ただ宗教上の決まりはなくても、妊娠したら「産みたい」と感じるのがお母さんです。
私の友達は、妊娠初期は「お腹の赤ちゃんが無脳症なら中絶することも考えよう」と思っていましたが、妊娠が進むにつれ「生まれてくる子がどんな赤ちゃんでも絶対に産みたい」と気持ちが変化したと話していました。
お腹に命が宿れば「産みたい」という気持ちが強くなるのが、母になるということです。
ただ、当然ですが無脳症ではない赤ちゃんの方がいいに決まっています。そのため、妊娠を望んでいる女性は妊娠が判明する前から葉酸サプリメントを活用する必要があります。無脳症は妊娠初期で発症するため、事前に活用する必要があるからです。
葉酸サプリ以外の無脳症の予防法
また、葉酸サプリメント以外にも無脳症を予防する方法があります。これには、以下のようなものがあります。
・禁煙
タバコに含まれるニコチンは神経に対する毒性が高い物質です。加えて、血管を収縮する作用もあります。
さらに、タバコを吸うことで一酸化炭素も吸うことになるのですが、一酸化炭素は血液中のヘモグロビンとくっつきます。ヘモグロビンは酸素を運ぶ役割を担っているため酸素が不足してしまいます。
血管が収縮し、酸素も足りない状態では健康な赤ちゃんの脳ができない可能性は高くなります。
事実、喫煙している妊婦が無脳症の赤ちゃんを妊娠する確率が約2倍になるというデータもあります。
タバコを吸わないことのイライラは、タバコを吸うことで1度は解消されたように感じますが、吸わない時間が続くことで再びイライラするのです。つまり、タバコを吸うことでイライラする回数が増えるのです。
このまま、禁煙をせずに吸っていてもイライラは解消されません。それどころか「無脳症の赤ちゃんが生まれるかも」という新たな不安がストレスとなります。
妊娠を望んでいる方であれば、禁煙することを強くお勧めします。
なお、自身が禁煙することはもちろんですが、副流煙を吸うことも無脳症の赤ちゃんを妊娠するリスクを高くします。そのため、タバコを吸う人の近くには行かないようにしましょう。
・禁酒
妊婦がお酒を飲むと、胎盤を通ってお腹の中の赤ちゃんにもお酒がまわってしまいます。
アルコールは肝臓で分解されますが、未発達な赤ちゃんの肝臓ではアルコールを分解することができません。アルコールが分解されずに赤ちゃんの体内に残ってしまいます。
お酒の中のアルコールが分解されないことで脳や脊髄の成長も妨げてしまいます。そのため、お酒を飲むことで無脳症の赤ちゃんを妊娠することもあります。
上記のような大そうな理由を並べても、お酒も煙草と同様嗜好品である以上、手軽にやめることは困難でしょう。
しかし、お酒をやめるコツも煙草と同様だと思っています。お酒が、煙草と同じであるのは「依存性」です。
依存性があるものをやめるコツは「飲みたいと思っても飲まない」これだけです。
・ビタミンAを摂取しない
ビタミンAは「レチノール」と「カロテン」の2つをまとめたものです。
レチノールとカロテンは同じビタミンAですが、赤ちゃんに対する影響は全然違います。カロテンには赤ちゃんに対して悪影響を与えることはなく、妊娠している女性は摂取することを厚生労働省が推奨しています。
ビタミンAでも摂取を避ける必要があるのは「レチノール」です。レチノールには無脳症を含め、先天的な異常を持った赤ちゃんを妊娠する確率を上げます。
レチノールはレバー、アンコウの肝、ウナギの肝、フォアグラ、マーガリン、ぎんだら、ホタルイカ、ウナギのかば焼きなどに多く含まれています。
ビタミンAは身体の中で代謝されずに蓄積される性質があるため、妊娠を望んでいて無脳症に敏感な女性はこういった食品は避けるといいです。
・感染症にかからないよう予防する
ウイルスによる感染症によって、無脳症を含め先天的な異常を持った赤ちゃんが生まれる可能性は高くなります。
感染症の予防は徹底しましょう。特に、無脳症の赤ちゃんを産むリスクを上げるのがジカウイルスとサイトメガロウイルスです。
ジカウイルスは日本ではみられないウイルスであり、アジアや南米、中南米などの熱帯地帯や亜熱帯地帯で流行しているウイルスです。「妊娠を前に、海外旅行がしたい」と思う気持ちはわかりますが、妊娠中や妊娠を考えている女性は海外旅行をしないことが一番の感染予防です。
また、海外で妊娠している女性の身に何か起こった場合、日本の医療保険が使えず、高額になってしまいます。治療費が高くなるため、感染症にかかっても充分な治療ができない可能性があるのも難点です。
もう一方の、サイトメガロウイルスは日本でも流行しています。
サイトメガロウイルスは国内でも半分の成人が持っているといわれています。感染のルートは接触感染です。接触感染とは「感染している人との接触や、感染している人が使ったタオルや飲み物を介して感染する」ことです。
感染している場所に近づかないようにして、銭湯や温泉、スポーツジムのシャワーは避けましょう。また、妊婦さんが免疫力をつけるのも1つの予防策です。規則正しい生活、充分な睡眠、健康的な食事を心がけましょう。
・生活習慣病の改善
糖尿病や高血圧、高脂血症などの生活習慣病を患っていると無脳症を含む先天的な奇形が起こりやすくなります。
また、妊娠中はこのような生活習慣病を患っていても薬が飲めない場合があります。糖尿病や高血圧、高脂血症の薬には妊婦が服用できない薬(妊婦に禁忌の薬)があるためです。
生活習慣を改めるのは、難しいことです。長丁場になる事でもあります。しかし、生活習慣病を克服できたときのメリットは大きいです。
妊娠してから生活習慣病の薬が飲めなくなる可能性があるのなら、あらかじめ生活習慣を改め、血圧や血糖、コレステロールの値を正常値に保てるようにするのが好ましいです。
無脳症による奇形児の実例
それでは、実際に無脳症で生まれた子はどのような奇形になるのでしょうか。無脳症の子の中でも、長く生きることができた事例が存在します。
・ジャクソン・エメット・ブエル君
ジャクソン・エメット・ブエル君はアメリカのフロリダ州で生まれた男の子です。エコー写真画像でジャクソン君の無脳症が発覚し、医師は中絶を進めましたが、敬虔なクリスチャンであるジャクソン君の両親は産むことを選びました。
両親のこの選択が、奇跡を起こしました。生後一週間の生存率が25%である無脳症のジャクソン君が3歳の誕生日を迎えることができたのです。
ジャクソン君のご両親はありったけの愛情をジャクソン君に注ぎました。
その愛情に応えるようにたくましく生きるジャクソン君の姿に元気をもらった人もたくさんいました。ジャクソン君から勇気をもらった人々はジャクソン君を「ジャクソン・ストロング」という愛称で呼んでいました。
・ニコラス・コークス君
出典:mail.online
アメリカのコロラド州で生まれたニコラス・コーク君は無脳症で生まれましたが、3年間生きることができました。
ニコラス君は特殊医療機器を使うことなく、いくつかの薬を飲むことで生きていました。生きていたときはおもちゃを使って遊ぶこともあったようです。
現在、ニコラス君は亡くなっています。死因はウイルスによるものといわれています。しかし、ニコラス君の生きた奇跡は多くの人に勇気や元気を与えてくれました。
葉酸は無脳症の予防になる
「無脳症の赤ちゃんを妊娠するかも」と不安に思う女性も多いでしょう。遺伝的に無脳症の赤ちゃんを産むリスクが無いか、もちろん気になると思います。
そうした見えない不安はありますが、無脳症のリスクは葉酸の摂取によって減らすことができます。葉酸サプリメントを飲むことは妊娠という不安に対して大きな安心につながります。
日本では、妊娠を考えている女性は、サプリメントで葉酸を摂るように厚生労働省から推奨されています。具体的には、妊娠を考えている女性は妊娠する1か月前から毎日0.4mgの葉酸を摂ることが勧められています。
無脳症の予防に葉酸は重要な役割を果たします。妊娠前から葉酸サプリメントを毎日摂り入れることは、お母さんのためにもこれから生まれてくる赤ちゃんのためにも、とっても大切なことなのです。